Bitter Life

30歳から始めた妊活、不妊治療の記録です。人工授精、体外受精、人工死産、胎盤遺残、その後の妊娠について書いています。

死産後、初の出戻りクリニック

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待ちに待った不妊治療の再開

胎盤ポリープがようやく「寛解」の状態まできたので、今後の相談だけでも早めにしておきたかった。
死産後、初めて不妊治療で通院していたクリニックへ向かう。

 

5ヶ月ぶりのクリニック

受付で田中医師からもらった紹介状を渡す。
封筒を見て事務の女性は「あ」と、出戻りのわたしに気付いた応対。
「大変でしたね」って気遣う言葉を言われて、涙腺にこみあげてくるものがあった。
どうしよう、呼ばれてスタッフや医師と話したら泣くかもしれない・・・。
そんなことを考えながら、待ち時間を過ごした。
平日の夕方、一番最後の受付時間帯ということもあり、クリニックは混雑していた。
一時間強待って、ようやく呼ばれる。

 

淡泊すぎて泣けず(笑)

医師も「大変でしたね」とは言ってくれた。
しかし淡泊すぎて泣けず(笑)
そうだ、そうだった。
わたしの医師へのイメージは失礼ながら「なんかロボットみたい」だったことを思い出す。
先生は例えばテレビとか見て笑ったりすることはあるのかな、くらいに思っていた。

 

(個人的には)衝撃の事実発覚

一度退院からの破水で再入院、死産、その後の引っ越しや胎盤ポリープなど、このブログにも書いていたようなことを説明する。
そこで衝撃の事実が発覚。

なんと医師は胎盤ポリープで入院した先の大学病院出身だった。

ゆうな「引っ越し先の大学病院では手術の方針で、東京の病院の方針で治療したいならマンスリーマンションを借りてでも東京に住むべきと言われて・・・」

「僕、その引っ越し先の大学病院出身なんですよ」


!?

 

なん・・・だと!?

「それは誰に言われたんですか?教授ですか?」

「担当医は佐藤医師(仮)でしたが・・・」

「あのクチのキツイおばさん」

 

!!!

 

ええええ、ま、まさかのご出身、そして知っている共通のドクターが・・・。
そして電話で話しただけの田中医師もキツいと言っていたし、同業2人からキツイと言われる佐藤先生って(汗)

今後の治療予定

 

www.bitterlife.site

 

ここにも書いていた、投薬を入れたタイミング法を3周期試してみて、それでもダメなら凍結胚を移植したいと伝えた。
先生はどう思いますか?とも。

そうですね、それでもいいと思います、とアッサリ。

(タイミング法なら引っ越し先の近場のクリニックでもいいのでは?ということも言われたけど、通いますと宣言した。)

「年齢的にも可能性はありますし、ふりかけでも受精しているので。何回も試す必要もないと思うので、3回でもいいと思います。」

 

クロミッドを処方してもらう

生理開始5日目からクロミッドを1錠、5日間服用することになった。

これ以上は双子や三つ子になっても困るので、とのこと。

双子ができるのは不妊治療のほかに家系もあると思うけど、家系だけで考えたら身近だったりする。いとこは自分も双子で、こどもも双子を出産した。憧れはあるけどリスクへの恐怖・・・。「リスクあっても無事に生まれました」は美談だけど、リスクがあってダメになったほうを経験してしまったので・・・。

 

医師との着眼点の違い

ついわたしはまた妊娠できるかできないか、で考えてしまっていた。
けれど、医師はそれよりも次の妊娠で破水しないようにするほうが課題、という雰囲気だった。
確かに同じことを繰り返したら意味もないし、なにより辛すぎる。
けれど、どちらかというともうそれは妊娠したあとの話。
「不妊治療」より「産科」の悩みのカテゴリなのではないだろうか・・・。

(前回の妊娠ではクリニックと産科で診断が違ったりして、患者としては困惑することも多々あったので・・・^^;)
素人考えだしここでは言わなかったけど、わたしは次の妊娠で絨毛膜下血腫にならなかったら破水のリスクも少ないのでは、と考えていたけど、違うのかな・・・?

 

次回の診察予定

次回の通院は月経開始から12~14日目のあいだで予約。
採尿とエコー検査予定。
タイミング法って血液検査もないんだっけ。

1時間前に来なくてもいいし、楽で助かるなと。
エコー検査は特に、寛解の状態のポリープが完治しているのか、もしくはタイミングもとっても(妊娠しても)問題ない状態なのか診てもらわないと。

 

3周期限定のステップダウン、どうかここで結果が出ますように。